寂雷と乱数と国民の健康と鏡について

 

ヒプノシスマイクの話です。

 

ふと思ったんだけど、神宮寺寂雷ってお医者さんじゃないですか。お医者さんとはなにか、と調べたら医師法という法律で定義されていました。以下に引用します。

 

第一章 総則

第一条 医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。

 

つまりお医者さんとは「国民の健康な生活」のために動いてくれる人々のようです。

それで思ったんだけど、医師という職業、”国民の健康な生活を確保するもの“である寂雷にとって、”よつつじ君の健康を損った”という飴村乱数の行為は職業柄どうしても許せない行為なのではないかと思うんですよ。もう生理的に無理なんだと思う。だから医師としての寂雷は乱数のことを手放しで許すことができない。

クロスアライン和解の後に乱数を助けることにしたけれど、口の効き方がどうの年相応がどうのと、乱数には当たりがきつい。一方ミックスアップで寂雷は山田三郎とボードゲームをしていたけれど、三郎が寂雷と獄を「おまえら」と呼んだり「神宮寺寂雷は友達いなかっただろ」なんて言っても寂雷は笑って会話しているので、やはり寂雷は乱数だけに口うるさいように見える。

 

 

しかし、よく考えると以前は寂雷も乱数と似たようなことをしていたのです。寂雷の前職はテロリスト専門の殺し屋だったんだから、相手の健康を損ないまくる。損なうどころではない。

 

さらに、家族同然だったよつつじ君を乱数に傷つけられた時に寂雷は改めて知ったのではないだろうか。自分が損なった人々にも家族がいたのだ、と。自分が殺めた人は誰かにとっては大切な存在だったんだ、と。

寂雷は乱数がよつつじ君にした行為によって、自分の罪の重さに再び向き合うことになってしまった。

 

もちろん乱数だって好きで洗脳の手引きなんかをやっていたわけではないし、寂雷だって好きで殺し屋イルドックだったわけではない。どちらも苦渋の中での選択でしかないんだろう。

だけれど、寂雷と乱数は、どちらも誰かを損なうことを仕事としていた。実はふたりはわりと似ているのです。そして、寂雷はそれに無意識下で気づいているから、寂雷にとって乱数は良くも悪くも特別な存在なのだ。

 

だから寂雷の覗く鏡には、乱数の姿が映っているんじゃないかなぁと思うわけです。
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