中王区『Verbal Justice』感想

 

2023年4月12日発売の中王区アルバム『Verbal Justice』の感想です

 

Verbal Justice

中王区としては2曲目の楽曲。1曲目の『Femme Fatale』がインパクトありすぎたのでそれにくらべるとちょっと硬派だな、と感じていたけどヘッドホンで聴いたら重低音が利いていてすごく良かったです。

ところで、『Femme Fatale』にも『Verbal Justice』にも勘解由小路という固有名詞とその韻を使ったリリックが含まれている。中王曲には「勘解由小路無花果という名前をリリック内に使用し、韻を踏んで下さい」というノルマがあるのだろうか。

『Femme Fatale』側は「勘解由小路(かでのこうじ)」で

上げろ狼煙

という韻を踏んだのに対して、今回『Verbal Justice』側は「勘解由小路」を

雑魚を料理

と踏んだ。中王区の曲中で「勘解由小路」でどのような韻を踏むか問題、まるで両者がしのぎを削り美しい火花が散っているみたいですね

 

Just do it

東方天乙統女様のソロ曲。私個人的に乙統女様大好きなんです…リングライトも買ってしまった。陰鬱な顔と姫カットと行動の横暴さのバランスがたまらない。

前々から思っていたがヒプノシスマイク、ガチ酒乱35歳医者とかリーゼント35歳やれやれ系弁護士とか46歳詐欺師科学者おじさんとか政治が好きすぎてお見合い中に早口で政治の話をした後に言葉の力で世界を革命した49歳姫カット総理大臣など、登場する中年が軒並みおもしれー中年だらけなのほんと最高だと思う。中年が輝きすぎている。

この曲は不穏な雰囲気がさすが乙統女様という感じ。そして最後の最後で曲がすごくメロディアスになるのがまたジメジメしてていい!(褒めています)

 

No Pain,Not to be Strong

勘解由小路無花果さんの新曲。無花果さんさあ、すげー重たい系乙女ですよね本当は。「信じないおとぎ話」「痛みがないと美しく強くはなれない」「女は度胸」「負けんな女はDon't cry」「涙隠した女神の定め」「咲き誇る」とか、リリックの癖が強いんじゃ。乙統女、無花果、合歓のうち一番男女の性差に敏感な人だし、身綺麗にするのが好きで美意識が高いのも無花果さんだと思う。

それもそのはず(?)、無花果さんって元女子アナなんだった。女子界の頂点に位置する生命体ですからね、テレビ業界ではいろいろ苦労もあったことだろう。

見下ろす高層ビルからの眺め

涙隠した女神の定め

なんて、中王区のビルかもしれないけどフジテレビ報道フロアからの眺めなような雰囲気でもある。フジテレビはただの例えですが。

 

痛みだらけの悲しい曲ではあるんだけど、だからといって中王区が勝っても負けても彼女の妹が生き返ることはないわけで、勘解由小路無花果に必要なのは革命だけじゃなくて、同様に理不尽に家族を失った人々と泣く時間なのかもしれない。それは交通事故で両親を亡くした入間銃兎や、同級生に祖母を殺されたも同然の四十物十四、理不尽ないじめで兄を亡くした天国獄といった、似たような理不尽さを知っている下郎共と同じ涙なのかもしれない。

 

Independence day

合歓ちゃんは若くて勢いがあってオモロい。

「もうとめらんないよ」「何できんの?」「飯炊いて待ってるだけのいい子のまま終わるの?」などというリリックは、乙統女様の慇懃無礼な言葉遣いとも無花果さんの湿度の高さとも違う、合歓さんの若くて雑な感じが伝わって非常にオモロい。合歓さんってスピーカーもメキシコモチーフのピンクのドクロだし、ちょっと面白い人なのかもしれない。

イントロはhitomiさんの『LOVE2000』のオマージュかな?というか『LOVE2000』はディープ・パープルの『Speed King』のオマージュらしいのでディープ・パープルか。

『Speed King』の歌詞、

Hard headed woman and a soft hearted man They been causing trouble since it all began

“頭の固い女と心優しき男

すべてが始まった時からトラブルを起こしてる”

という部分が、あっこれヒプだなぁ…となる。

 

ドラマトラック

『No one lives forever』

中王の3人がニルギリを楽しむ冒頭のお茶会とか、ツイッターで100枚くらい描かれただろうシチュエーションで思わず笑みがこぼれた。(どうでもいいけど「外はサクサク中はしっとり甘さ控えめ」って、そのクッキーちゃんと中まで火が通ってるのだろうか…)

合歓の作ったクッキーは月並みな星やハート(自分で言ってた)なのに対し、無花果の作ったクッキーはうさぎやパンダの立体型だというのも、休みの日には合歓と無花果が一緒に服を買いに行くという話も、無花果は背が高いからカワイイ服が似合わないのを自覚しているのでかわりに合歓にガーリーな服を選ぶというシチュエーションも、あー、はいはいそういう方向なのね無花果さんという感じ。

乙統女様が真正ヒプノシスマイクで世界にさらなるマインドハックを仕掛けるという計画についても、元々芯の通ったやべーマキャベリストである乙統女様と、そんな非人道的な計画はダメだと憤る合歓に挟まれて、無花果は乙統女様がやることなら仕方ない…と煮えきらない態度であった。無花果さん、妹を亡くしたショックで中王区に来たけれど、ほんとはあんまり中王区とか政治とかに向いてないんだと思う。かわいい服を着てかわいいクッキーを焼いたりできる、そんな自分を認めることが無花果のIndependence dayになるのかもしれない。

いや、かわいい服でクッキー焼きながら政治して全然いいんだけどさ、そもそも無花果さんって彼女自体にそんなに政治思想のある人に見えないんだよね。妹が生きてたら中王区に入ることもなく、普通に反中王のジャーナリストなんかになってそう。

 

あとやっぱり、天谷奴零は『縁』で

Let me hear the voice sing again

(もう一度歌声を聴かせて)

と言っているので、ヒプノシスマイクの開発自体が「妻の歌声を取り戻す」的な目的から始まったのかもしれなくて、平蕪左衛門に言った「音楽大好きだぜ」は実は本音で、音楽好きは山田兄弟のスピーカーに遺伝していて…というロードマップも見えた気がした。

 

突然ですが、私が思う中王区のいちばん面白くて熱いところって、彼女たちの出身階層がごちゃ混ぜになってるところです。

さらっと「わたくし」って主語が出てくるような上流階級の乙統女さんと、髪を綺麗にカールしてリボンで飾って化粧してマイクにピンクの石をつけて「おとぎ話」に思いを馳せる元女子アナ無花果さんと、ヤクザの妹で「飯炊いて」って言っちゃう合歓さんという、平時ならきっと出会わなかった社会階層の3人が中王区の革命のために手を組んだってところが大層エモい。そんな3人のお茶会は最終的に必ず破綻し、いずれはバラバラになりそうなところもエモい。初期のFling Posse的な、刹那の友のようだ。そういえばFling Posseの一員には東方天乙統女様の息子もいましたね…

(余談ですが、最近ヒプノシスイクメンバーの名前の韻について見直してたんだけれど、下郎ども18人+中王区3人の中に「自分の苗字と名前できっちり韻を踏んでる人」が二人だけいて、それが

東方天乙統女 OOE(N) OOE

有栖川帝統 AIU(AA) AIU

だったのであまりにも親子すぎて泣けました)

 

 

たぶん、中王区の人たちも当初から男だ女だって話がしたかったわけじゃなくて、最初は自分がどこまでできるか試したかっただけなんだと思うんですよ。乙統女様は政治がやりたかっただけだし、無花果さんは報道がやりたかっただけだし、合歓さんは強くなりたかっただけだった。それがとても不幸な経験と運命のねじれで極端な男女論に巻き込まれてしまった。

『Femme Fatale』流に言うと、彼女たちの原動力は「もっと試したい己」ということなんだろう。

だけどその「もっと試したい己」の気持ちは女だけが持つものではなく、下郎どもだって同じはずなのだ。

女だって男だって同じことを考えている同じ人間である。

きっとそういうところに、H歴のゴールはあるのだと思うのだ。