『Double Trouble』と『タイガー&ドラゴン』

 

 

・左馬刻と簓の楽曲『Double Trouble』

クレイジーケンバンドの楽曲『タイガー&ドラゴン』
・ドラマ『タイガー&ドラゴン』

について勝手に思っていることを一度まとめておきたい。

 

まず『Double Trouble』です。これはコミカライズの特典曲でした。

 

歌うのは碧棺左馬刻と白膠木簓。目を引くのはその歌詞で、

俺の話を聞け 5分と言わずAll day

という部分、これはクレイジーケンバンドの楽曲『タイガー&ドラゴン』の

俺の話を聞け 5分だけでもいい

という部分があきらかに元ネタだろうと思われます。そういえば曲調も、ジャジーなピアノが効いておりとても似ている。

 

さて、曲の元ネタが『タイガー&ドラゴン』ならば、タイガーとドラゴンとは何なのか。誰かがタイガーで誰かがドラゴンなのか?じゃあ左馬刻と簓のどちらかがタイガーで、どちらかがドラゴンなのか?…というのが次に気になるところ。

しかし、この楽曲『タイガー&ドラゴン』は宮藤官九郎のドラマ『タイガー&ドラゴン』の主題歌らしい。

ということはドラマを見通さないとこの問いに答えは出ない。

というわけでドラマ『タイガー&ドラゴン』を視聴することになる。宮藤官九郎脚本は約束されたクオリティで、16年前、2005年のドラマだという年月はそんなに感じませんでした。

 

タイガーは劇中では虎児という名です。虎児は12歳の時に両親が一気に亡くなり、そこから笑うことを一切忘れました。そんな虎児がある時に落語を観て笑いを取り戻し、ヤクザからだんだん落語家になっていく。(長瀬智也さんが演じました)

一方のドラゴンは竜二。竜二は落語家の家に生まれ将来を嘱望された天才的落語家だったんだけど、今は落語家をやめてしまい、まったく別の仕事をしている。少し情けなく、虎児に比べると普通の青年。(岡田准一さんの役でした)

 

うーん、ヤクザなタイガーは左馬刻でいいんだろう。だけどドラゴンが簓かというとなんか違うのだ。簓の育ちやカリスマ性とメンタリティは竜二というより虎児の側に思えてならない。
…というか、左馬刻も簓も機能不全家族の元で育った傷ついた子どもなので、よく考えたらこの二人はもともとちょっと似ている。

ひょっとしたら左馬刻と簓は

『Double Trouble』で

「ダブル」「トラ」ブルだから

タイガー&タイガーなのかもしれない。

ちょうど簓はMC「トラ」ジックコメディでもあるし…などともやもや考えたり。

じゃあドラゴンはどこにいった?と思いながらドラマを観ていたら、竜二の過去が明らかになるにつれてドラゴンの輪郭が明らかになってくる。
竜二が落語家をやめたのは、板の上でおきた、ある辛い出来事がきっかけだったのだ。竜二は舞台で失敗をした。出てこないネタ、もつれる言葉、冷たい客席、静まり返る空間…

 

ああ、これと同じ景色を我々ヒプ男ヒプ女は見たことがある。躑躅森盧笙だ。

(比較的)幸せな家庭で育ち、「笑い」を楽しんでいたけれど途中で舞台をあきらめた竜二と盧笙。二人の姿がぼんやり重なって見える。
なるほど、左馬刻と簓と盧笙でタイガー&ドラゴンなのかもしれないなぁ。ためしに竜二を“天才芸人”と“挫折した元芸人”に分割して別々の人物にしたならばそのまま簓と盧笙のキャラクターの元ネタ要素になりそう。というか、左馬刻の暴力性とコメディアン適性はわりとガチで長瀬智也演じる虎児が元ネタの1人のような気がする。

ヒプノシスマイク、メフィスト系小説だけでなくいろんな作品が意識的にか無意識的にかわからないけれどサンプリングされていて、それが複雑な味わいになって面白い。最近元ネタ探しにはまっている。

しかし、ヒプマイを追ったおかげでドラマ『タイガー&ドラゴン』だとか西尾維新佐藤友哉みたいな「存在は知っていたけど触れたことはなかった作品」を摂取するきっかけができてとてもありがたい…


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ところで『タイガー&ドラゴン』の物語のラスト、竜二は決意し再び落語家として板の上に上がることとなるんだよね。白膠木簓と躑躅森盧笙がどついたれ本舗として再びマイクを手に取ったようにさ。